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 八百屋お七の墓を訪ねて

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江戸・東京散歩道−NO17

八百屋お七の墓を訪ねて

子供の頃から歩いていた界隈に、確か八百屋お七のお墓があったなぁと突然思い出しました。

本郷に用事があったときに回ってみました。

八百屋お七は江戸時代、本郷の八百屋の16歳の娘で、恋仲の寺小姓に会いたいと放火事件を起こしてしまい、火あぶりになったとされています。

文芸、演芸にたくさん取り上げられていますよね。

写真の道路標識にあるように、旧白山通り、都道301号と中山道国道17号の交差する白山上にやってきました。

旧白山通りというのは、新しく広い白山通りができてしまったからです。

この旧白山通りには昭和41年−43年まで35、18系統の都電が走っていました。

小学校3年生までここから4つ手前の駕籠町に住んでいましたし、通っていた幼稚園はひとつ手前の曙町でした。中高校はまさにここ、白山上にありました。

そんなわけで、この辺りは横丁、路地までわかるところです。白山上から確かすぐ近くだったはず。

ちよっと調べてみると、円乗寺にあるらしい。白山上から白山下に向かって急な坂道を下ります。

かなり急坂です。昔、都電は良くここを上下りしていたな−と感心してしまいました。

200メートルぐらい先にある横丁を左折です。

浄心寺坂を少し登った左手にありました。

文京区の案内板もありました。

読んでみると、昔この辺りは指ケ谷町と呼ばれていた、との一文が目に入りました。

そうそう、学生時代はこのあたり指ケ谷町と言っていました。

静かな境内を進むとお七のお墓3つありました。

ご住職、歌舞伎の岩井半四郎さん、有志の方達が建立されたもの。

旧白山通りに戻り、白山下まで急坂をトロトロと降りていきます。白山下で片側3−4車線の道路幅のある白山通りと一緒になります。上の写真。

水道橋や神保町、皇居方面に向かうときにクルマで良く通る道路です。

さて、学生時代に良く散歩したり通り抜けた、懐かしい白山神社にも行ってみることにしました。写真右

あじさいで昔から有名であり、6月には文京あじさいまつりが開催されています。

白山神社を抜けて急な階段を下れば、元の旧白山通りに出ます。ともかく、このあたり起伏が激しくて、上ったり下りたりの連続です。

坂のてっぺんの白山上から、本郷通りの向丘に向かいました。前々回15回に歩いた、緒方洪庵の墓のある林寺もすぐ側です。

途中、懐かしい南天堂書房さんがありました。中高時代に友達と良く寄ったところです。先日もテレビで何かのニュ−スのときに南天堂さんが映っていました。約50年前と雰囲気はほぼ変わらずうれしい限り。

今回は白山上を中心にグルリ一回りになりました。

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